鍼で筋肉は柔らかくなるのか

筋肉の緊張は、交感神経の活動が亢進することによって引き起こされます。
交感神経が活発になることで、筋内部(筋紡錘)の感受性が高まり、伸長反射を引き起こし筋肉自体の張力を高めます。(交感神経バイアス)
また交感神経の興奮は血管を収縮させ、筋肉の局所的な血流障害を引き起こすので、それも緊張を高める一因と考えられています。
ストレスによる肩こりは、交感神経活動が亢進することによる筋緊張の代表例です。

マイクロニューログラムという神経の活動を測定する器具を用いて、鍼治療前後の筋の硬さの変化を調べた実験では、鍼治療後に固さの値が低下しています。この現象には筋肉の交感神経活動の抑制が影響していると考えられています。
またそれ以外の要因として、鍼の刺激により感覚神経の末端からCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)という物質が放出されることで、筋肉の血管を拡張させることもわかっています。
これは「軸索反射」とも呼ばれる現象で、鍼を刺した周囲の皮膚が赤くなることを観察することもでき、私たち鍼灸師にとって効果測定の一助ともなっています。

鍼灸治療で「血行が良くなる」「自律神経のバランスを整えられる」といった簡易的な説明をされることがよくあります。
体感的にも体がポカポカしてきたり、顔色がピンク色になって血色がよくなったり、眠たくなったりリラックスした気分になったりといった効果を実感しますが、上のような実験でもその効果を裏付ける結果が出ていて、皆さんの健康に寄与できる可能性を後押ししてくれています。

鍼灸で血圧が下がる -高血圧の鍼灸治療

厚生労働省発表の平成22年国民健康・栄養調査結果の概要によると、高血圧症有病者(収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上、もしくは血圧を下げる薬を服用しているもの)の割合は、30歳以上で男性60.0%、女性44.6%だそうです。
基準値の妥当性に関して様々な意見が存在しますが、多くの方の健康に関わる問題であることは間違いなさそうです。
従来は軽度・中等度・重度と分類されていましたが、現在ではⅠ度・Ⅱ度・Ⅲ度と呼び方が改定されていて、鍼灸治療の対象となるのは、高血圧の未病段階である正常高血圧(130/85)とⅠ度高血圧(140/90)が適応します。

高血圧群と正常血圧群の血圧に及ぼす影響を観察したもので、週一回の全身治療を2ヶ月行なったところ、図に示す通り高血圧群においてのみ血圧が下がっています。異常領域にある場合のみ鍼灸に反応していて、正常領域ではその状態が維持されるように作用します。

矢野忠ら 高齢者のQOLの向上に関する調査研究ー附属鍼灸センターにおける調査研究、高齢者の健康維持・増進に対する鍼灸治療に対する有用性に対する調査研究事業報告書、財団法人日本公衆衛生協会、1998

1998年に行なった調査で、高血圧の治療を目的としてではなく、腰痛や肩こりなどを主訴として全身調整の鍼灸治療を行なったところ、正常血圧の人はほぼ変わらないが、高血圧患者の血圧が下がるという結果が出ました。
この調査では、高血圧の患者たちは降圧剤を服用してもコントロールが不十分な方々だったようで、鍼灸により降圧薬の反応制を良くするのではないかと推測され、今後の更なる研究が期待されます。

Ⅰ度高血圧患者が適度な運動を行うと、血圧は15mmHg程度下がるとされていて、調査における鍼灸治療の降圧効果も同程度です。
これまで動物による基礎研究では、鍼刺激による降圧効果は、交感神経活動の抑制と末梢血管抵抗の低下によることが指摘されています。
鍼灸治療のみで高血圧症の解消を目指すことはやや過剰な期待と考えられますが、降圧薬の反応性を高めたり、ストレスコントロールを行うという視点で、日々の健康管理(養生)として鍼灸を取り入れることの意義深さが窺い知れる調査だと思われます。

鍼灸で過敏性腸症候群が改善する

過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome ; IBS)は、先進国で近年多く見られることからストレス病の一つとして理解されています。代表的な機能性腸疾患であり、腹痛あるいは腹部不快感とそれに関連する便通異常が慢性もしくは再発性に持続する状態と定義されています。
日本では食の欧米化なども影響していると考えられ、成人の有病率は10〜20%で、思春期の女性や40歳代の男性に多いと言われています。男性は下痢型、女性は便秘型が多く見られます。便秘と下痢を繰り返す交替性便通異常異常をきたす事もあります。
こうした症状のほかに自律神経症状(頭痛、頭重感、めまい、動悸、頻尿、疲れやすい、手足の冷えなど)や精神症状(抑鬱感、不安感、不眠、焦燥感、意識低下)を随伴することもあります。
当院に来院する患者さんの中でも、かなり頻繁に見られる症状です。

IBSに対する鍼灸治療の効果を調べた研究で、4年以上の病歴患者4名(1名はクローン病)に対して鍼灸治療を行なったところ症状は有意に軽減し、治療をやめると症状が悪化するパターンを呈し。
鍼灸治療が症状のコントロールに有効であることが示唆されています。

松本淳ら:過敏性腸症候群に対する鍼灸治療の効果-条件反転法による検討、全日本鍼灸学会雑誌 2005

鍼刺激により、自律神経の働きが改善されたことが、症状の改善につながっていると考えられます。
IBSは仕事を持つ現役世代の方にとって、生活の質(QOL)の低下に大きく関わる問題となっています。
これまでに見てきた経験では、病院での治療は継続しつつ、鍼灸治療を定期的に受けることができると、症状のコントロールに良い影響を及ぼせると感じています。
鍼灸とIBSに関して今後の更なる研究が期待されますが、いま現在腹部の症状にお困りの方は、ぜひ鍼灸治療を試してほしいと思います。